心身症の側面を重視する過敏性腸症候群 心身一如の漢方薬の出番

 過敏性腸症候群は、腹痛と便通異常を主体とする機能的疾患で、ストレスによる発症や増悪が多いことから、心身症としての側面が重視されています。まさに「心身一如」の漢方薬の出番です。

 

 1例目は51歳の男性。身長170cm、体重72kg。下痢と便秘を繰り返すとのことで来られました。下痢の時は1日2~3回の未消化便や水様便があり、腹痛と残便感を伴い、下痢が続いた後は便が出なくなり、徐々にお腹が張ってくるとのことです。

 問診では、イライラしやすい、ストレスで胃が痛くなるなどの症状があり、診察では、脈力、腹力とも中等度でした。

 ツムラ桂枝加芍薬湯(ケイシカシャクヤクトウ)(TJ-60)を処方したところ、4週後、「下痢の間隔が遠のいてきた。便に形が出てきた。便秘してお腹がはることがなくなった」と改善傾向がみられました。その後、ほぼ同じような状態が続いていましたが、5ヶ月後、腹部が臍を中心に冷えているのに気づきました。そこでツムラ大建中湯(ダイケンチュウトウ)(TJ-100)を合わせて処方したところ、6ヶ月後、「下痢の回数がかなり減った。あっても週に1回くらい」というところまでで改善しました。

 

 2例目は18歳の男性。身長174cm、体重61kg。中学2年頃から、毎朝朝食後、腹痛とともに下痢がみられるようになりました。腹痛は排便後、消失するものの残便感があり、便意が頻繁で、1日3~5回の下痢がみられます。夕方になると改善するものの、食べ過ぎたり、冷たいものや油ものを摂ると悪化するとのことです。

 問診では、食が細い、足が冷える、風呂が好き、寝汗をかくなどの傾向がみられ、診察では、脈は沈細弱、腹部は腹壁が薄く船底状、腹力は軟弱で、腹直筋が全長にわたって緊張していました。

 ツムラ小建中湯(ショウケンチュウトウ)(TJ-99)を処方したところ、4週間後、「下痢が止まり普通の便になった。腹痛がなくなった。便の回数が1日1~2回に減ったので、授業中トイレに行くことがなくなった」と著効がみられました。その後すぐ大学進学が決まったため、調子が悪ければ来てもらうこととし、治療終了としました。

 

【考察】

 1例目は、腹満、腹痛、下痢を目標に桂枝加湯を処方しました。

 桂枝加芍薬湯は、桂枝湯中の芍薬を倍にした薬で、病位は太陰病のやや虚証です。芍薬には薬効を下へ降ろす作用があり、桂皮の気を巡らす作用をお腹の方へ働かせることにより腸の蠕動を正常化し、腹満・腹痛、下痢・便秘を改善します。過敏性腸症候群にはファーストチョイスともいえる薬です。腹力は中等度以下で、腹部の膨満または膨満感があり、腹直筋の緊張を認めます。

 大建中湯は、太陰病虚証の薬です。腹部は軟弱無力で、腸の蠕動不穏による腹痛や下痢がみられます。金匱要略には「腹中寒」とあり、他覚的に腹部の冷感を認めることがあります。

 2例目は、腹痛、下痢と特徴的な腹候を目標に小建中湯を処方しました。

 小建中湯は桂枝加芍薬湯に膠飴(コウイ)を加えたもので、病位は桂枝加芍薬湯よりもさらに虚証になります。腹力は軟弱で、腹直筋の全長にわたる緊張を認めます。腹満は通常みられません。陰証・虚証なので、便臭はあまりないことが多いようです。