”胸痺”に人参湯 ポイントは「冷え」

 人参湯は食欲不振、下痢などの消化器症状によく使われますが、“胸痺”(胸の痛みや圧迫感、呼吸苦など)にも有効です。使用の際のポイントは「冷え」です。

 

 1例目は17歳の女性。身長161cm、体重49kg。アトピー性皮膚炎で当科へ通院中の方です。幼少期より、寒くなるとよく喘息症状が出ていました。このたび、初診から2ヵ月目の12月中旬より喘鳴が出現。2月に入ると、2~3日に1回、明け方に発作が起こるようになり、β刺激剤の吸入を行っていました。

 診察すると、足が冷たく、自覚的にも冷えを訴えます。脈は弱く、腹部には今までみられなかった心下痞(心下部の圧痛を伴う抵抗)の所見があります。

 ツムラ人参湯(ニンジントウ)(TJ-32)を処方したところ、喘鳴は徐々に治まり、1週後には吸入薬が不要になりました。

 

 2例目は70歳男性。身長164cm、体重72kg。肩こり、鼻炎で当科へ通院中の方です。半月ほど前から、夜寝る時になると左胸から背にかけて強い違和感を覚えるようになりました。誘因となるような動作や外傷の既往はなく、循環器系の精査でも異常を認めません。

 よく聞くと、「温めると良くなるので、胸に使い捨てカイロを貼って寝ている」とのこと。

 人参湯を寝る前に内服させたところ、違和感はすぐになくなり、カイロなしでも眠れるようになりました。

 

【考察】

 1例目は、呼吸苦を胸痺ととらえ、足の冷え、脈の弱さ、心下痞、寒冷による症状増悪を目標に人参湯を使いました。2例目は、胸背部の違和感を胸痺ととらえ、温めると良くなる=寒(証)の存在と考え、人参湯を使いました。

 人参湯は太陰病期の方剤で、人参、甘草、乾姜、白朮の4味で構成されています。中焦(胃腸)を温め、補い、活力をつける作用があり、食欲不振や下痢など消化器症状によく使われます。一般に冷え性で、脈は弱く、腹部は軟弱で心下痞コウを認めるのが特徴です。また、心下部に冷感を認めることもあります。

 一方、「金匱要略」の人参湯の条文に“胸痺”とあり、これは胸がつまる、あるいは痛むなどと解釈されるのですが、今回のような呼吸苦、胸痛、その他、胸部の圧迫感、胸苦しさなど、様々な胸部症状に応用することができます。この場合、冷え(ex:体を冷やす飲食物、寒冷刺激、気温低下など)により症状が起こったり、増悪するのが特徴です。

 なお、人参湯に含まれる甘草-乾姜の2味から成る甘草乾姜湯は、人参湯の骨格ともいえる重要な処方で、「傷寒論」の条文には「肺中冷」と記載されています。つまり、人参湯は中焦だけでなく肺を温める薬でもあるのです。